・織田信長が美濃・斎藤義龍と、三河・駿河・遠江の今川義元に挟まれてもつぶれずにいるのは、尾張国自体が大国であること、義龍が内政の整備を優先させていること、今川が武田信玄と北条氏康に脅かされているから(p29)
・戦国武将が幼いころから孫子六とう、を叩き込まれるのは、標準語や共通語が存在しないこの時代、他国者と会話をする手段が漢籍しかなかったから(p67)
・鉄砲は製造工程が複雑できわめて高価だが、速射がきかないという大きな欠点がある。光秀が三丁の鉄砲を用意しているのは、発泡・冷却・玉込めを分担させるため、一丁だけでは弓矢に勝てないから(p75)
・いつまでに、と期限を区切らないこと、なれたらいいなあ、と緩く願うこと、そして、願い続けること、が大事、光秀の妻・熙子の言葉(p94)
・普段の行いよりも、要所の押さえで人生は決まる(p103)
・やり直せる気力が失せた時から、老いは始まる、秀吉の言葉(p130
・永禄3年5月1日は、西暦では1560年5月25日であるが、これはユリウス暦換算で、これは紀元前45年ユリウス・カエサルにより制定された、1600年後にローマ法王・グリゴリウス13世により改められ現在も使われている、それによれば6月5日となる(p133)
・老いるとは、経験の数と選択肢の数を交換すること、老いるほどに経験が増えて人生の選択肢が減る、光秀の言葉(p204)
・組織経営が傾きそうなとき、自分の判断で自己都合あつかいで退職するより、組織経営の立て直しに尽力したが力及ばず組織が倒れて組織都合で退職を強いられたほうが、再就職に有利なのは、いつでもどこでもどんな時代でも同じ(p207)
・織田信長の熱田神宮戦勝祈願は、合戦に勝つことを神に頼むのではなく、今川と戦うぞ、という目標を明らかにすること。そうすると、味方から暗殺される可能性は低くなる。この状態で信長を暗殺して今川に持って行っても、暗殺者は再就職先で信用されない。これは善照寺砦で待機している信長家臣団に殺されないための「そなえ」である(p209)
・人は銭で命は捨てないが、情熱に動かされて命を捨てる(p222)
・戦国時代の戦国武将と家臣団との関係は、雇用主と社員の関係ではなく、個人事業主の職能組合と組合長の関係にすぎない、これは織田信長のケースでも事情は変わらない。自分の功績が第一で、全軍の勝利はその次(p238)
・光秀は、「今川義元に自分を高く売るために」織田にいる、秀吉は「織田信長が評価してくれないので、今川義元に乗り換えるために」織田に参陣している(p251)
・足軽を束ねて馬に乗って前線に出る侍大将、侍大将を束ねて「備:槍・弓・鉄砲・騎馬組」を率いる武者大将なら戦死することはある、彼らの首を取ることが合戦の勝敗を決める。しかし、総大将が戦場で死ぬことはほとんどない(p259)
・戦国時代の合戦は、たくさん敵を殺した方が勝つのではない、陣をくずさず戦場に踏みとどまった者が多い方が勝ちである(p262)
2019年7月15日